生きづらさ、人間関係などAC(アダルトチルドレン)のカウンセリング 千葉県市川市 行徳駅から徒歩5分

行徳セラピールーム 千葉 市川市

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セラピストは治せない

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クライアントさんたちは、今の自分の生きづらさや症状を治してほしいと思ってカウンセリングやセラピーに来るわけですが、セラピストはクライアントの症状や生きづらさを治せません。

以前にも書きましたが、症状や、空虚感や虚しさなどの生きづらさは、それを使った他者へのコミュニケーションです。それをセラピー技法だけで取ることは無理です。


「じゃ、セラピーって何やってんだ?」っていうことになりますが、クライアントさんは、自分はこういう人間で、症状を取ってこういう人間になりたいと思っていますが、自分という個人は一人だけでは成り立ちません。

あたかも個が自立しているかのように考えがちですがそうではありません。「私」は人間関係の中の関係性の中に現われるものです。

今までの人間関係の中で、症状が出たり、生きづらさを感じて生き続けてきたわけです。つまり自己処方としての症状や生きづらさを人間関係の中で使ってきたので、表面に出ている症状だけを、専門家の技法で取るということは出来ないのです。(もし出来ると考えているセラピストがいるとしたらそのセラピストの万能感は危険です。)


さらにいうと、クライアントとセラピストという立場や役割で会話をしている間は変化は起きづらいのです。

例えば人間関係で親密な人間関係が作れない、人との関係で虚しさを感じるというのは、自分の役割や立場で人と接することはできるけれど、それをやり続けることに、虚しさを感じていると言っているわけですから、セラピーでまたクライアント役割で話をしても変化はおきません。


その人は役割を降りたとき、人と人のナマミの人間関係をどうしていいか分からない、怖い、と言っているわけです。

ナマミの人間としてセラピストが出会って、その怖いのも当然だと受容していかなければなりません。

それでいいんだ、そのように感じて当然だと受容していく事が、「ありのままでいい」ということです。なにも、なにもしないでいいということではありません。