自立と自律

自立と自律

自立と自律を自然と使っていますが、自立と自律は似ているようで、いざ何が違うと言われると、はっきりしないところがあります。

自立と自律どうちがう?

自立(self-standing)は自分で立っていることで、親から離れて、自分の生活は自分で行うというのが、自立のイメージとしてあるでしょう。

一方、自律は心理学、特にS.フロイト以降に出てきた自我心理学にとってはとても大事な考えです。

二つの意味の自律

自律には二つの意味があって、self-directedとautonomous があります。前者は自分で己を律するという意味で、後者は意識しないでも自動的に行う事で、自律神経などはこちらの意味で使われます。

さらに自律というのは適応(adaptation)にもつながっていて、人間が社会の中へ参加(適応)していくために必要な考え方になります。

autonomousの意味の自律

まず、自律のautonomousの面を見てみます。autonomousのautoはオートメイション(automation)のautoと同じで自動という意味です。

生まれたての赤ちゃんは、完全に無力の状態で生まれてきて、呼吸・脈拍、食事の摂取量、体温調節などは一人で出来ません。これをお母さんが身体を合わせて保温してあげることで、体温調節や脈拍などの調節を行うこと(体温の恒常的平衡性(ホメオスタシス))が出来るようになります。つまり中枢神経が母親との関係において発達するわけで、赤ちゃんの中枢神経が勝手に発達するのではありません。お母さんとの関係においてこのような神経の自律性が身に着くわけです。

しつけと自律

自立と自律

そこから、しつけの部分、大小の排泄、食事のとり方、一人で静かに寝入るようになること、もちろん言葉を覚え、言葉を適切に使用する、なども母親(父親でもよい)がしつけることによって、考えなくても出来るようになります。最近の小学生の起立性調節障害といわれているものや、睡眠障害は、この親のしつけが不十分で本人の自律性(autonomous)を獲得していない面があります。

大小の排泄、食事をとること、眠ること等、何も考えなくとも無意識でやっていることも、他者(ここでは母親)からの幼少期にしつけ、訓練を受け入れた結果獲得した自律性です。動物のように遺伝子にプログラムされたものではありません。

self-directedの意味の自律

では自律のself-directedの面はどうでしょう。directedはdirection(方向、指示)のdirectと同じです。これは私たちが普段使う自分を律して、事を行うことです。それは節制とか努力の面を持ちますし、自分で自分をしつけるとか訓練するという面を持ちます。

ふつう私たちが何か物事習得する時には、自分をある程度律して(self-directed)自分をある枠に入れて、訓練して、いつの間にか、それを考えなくても出来るようになることが出来る(autonomous)ようになって物事が習得したと思えます。自転車に乗れるようになる、泳げるようになる、包丁を使って調理ができるようになるなどの経験は、日常生活する中でおぼえのあることでしょう。

このように、何も考えなくても出来るようになることで、学校や社会(会社組織、つまり働くこと)に適応していき、これが自信になっていくというのが自我心理学のH.ハルトマンやE.エリクソンの考えた適応です。

考えるより慣れろ

これは、心の回復の面でも大事な考えです。どうしたら生き方が楽になるか、心が健康になるかということも、あれこれ考えるのではなく、ある枠、構造を作って、その中に、自分を入れて、習慣化するまで、やる、ということが大事です。考えるより慣れろです。

よい結果、よい変化を生むためには?

例えば、毎週自助グループに通うと決めたら、通い続ける。面接を行うとなれば、毎週何曜日の何時からは面接をするといったように、ある構造に自分を入れて、習慣化するまでやるということです。それでほぼ結果は決まってきます。よい結果や変化を生むには、構造を決めて、何も考えなくても身体が動いているところまで習慣化させることです。

アルコール依存症であれば、なにも考えずにAA(アルコホリックアノニマス)に通う習慣をつける事。睡眠障害であれば、夜11時なったらスマホを切って、布団に入ることを習慣化すること。英語の習得であれば、必ず朝1時間、toeicの参考書を開いて、シャドーイングとライティングをすることを習慣化すること、などなど・・・。

どうでしょう。みなさんは何か目標にして習慣化していることはありますか?