「毒親」論の罠

「毒親」という流行り言葉は、元はスーザン・フォワードの『毒になる親』(原題「Toxic Parents」、講談社、2001年)から巷に広まった言葉です。

「毒親」論メリットとは?

AC(アダルトチルドレン)は「毒親」とセットになります。「自分が今、こんなに生きるのが苦しいのは、あんなひどい親に育てられたからだ。」という自分の生きづらさを虐待やひどい養育をした親に、原因があったとするにするものです。

ACの自己イメージの、自分など生きていてもしようがない、何をやってもダメだ、などの自尊心感情の低さを、自分の至らなさとして、自分を責め、自罰感に苛まれるよりも、この苦しさの原因は、親の虐待にあったのだと思うことで、過度な自己責任から離れられるメリットはあります。

「毒親」論は悪循環になる。

しかし、同時に、これは宿命論になります。自分は生まれたくて生まれた訳じゃない、なんでこんな親の元に生まれたのだ、自分の人生がこんなに酷いのは親のせいで、それで自分の人生の不幸はどうしようもない、という今の「親ガチャ」にも通じる宿命論です。

さらに、ずっと他罰(親が悪い)の悪循環にはまります。親を責め続けても楽になりませんし、親が困る顔をしているのを見て、罪悪感に苛まれ、この苦しい感情を与えるのは親のせいだとまた責める、悪循環から抜けられなくなります。

「毒親」の本音とは?

他罰感情は、自罰感情の裏返しでしかないからです。「親の望む子どもになれず、期待外れで申し訳ない。」と自分を恥じて詫びているのです。そして「こんな自分でも認めてくれ。」と言っているのです。

「毒親」に欠けている物とは?

この「毒親」論からでは、自分の人生に歩んでいく事が出来ません。親から実際の実害を被っている場合は、物理的に離れる必要があるでしょう。しかし離れたところで、自分に内在化した親の考えや、価値観、共依存的な対人関係のパターン、自罰的な超自我がそのままなので、生きづらさが続きます。

などで、そこはセラピーやグループを使い、自分の内面を見つめ、自分の懲罰的な超自我をいなし、自分を傷つける人間関係のパターンを変えていき、過去(親の養育)に向かっていたベクトルを、将来(自分はどうなりたいのか。(自我理想))へ向けて、実践していく必要があります。

その親から(世間から)離れた、自分の価値観、世界観の探求のプロセスが“自分らしさ”になります。

参考文献:

斎藤学著『「毒親」の子どもたちへ』、メタモル出版、2015年

斎藤学著『「毒親」って言うな』、扶桑社、2022年