自分らしさとは何か?

自分らしさとは何か

今回は「自分らしさ」ということを心理学的に解説しようと思います。

このホームページにも、あなたらしさを取り戻すお手伝いをしますと書いていますが、実際に「自分らしさ」って何だろうと考えると、分からなくなります。人のまねじゃない、人に影響されない自分、では真の自分ってなんだろう?それだって、しょせん人のまねじゃないか。他人の欲望のまね事じゃないかと思うと分からなくなります。

境界例と引きこもりは思春期課題

症状の歴史の話になりますが、70年代に出てきた、思春期特有の症状があります。境界例(ボーダーライン)と言われてる人格障害といわれる人たちで、激しいアクティングアウト(自傷行為や性的逸脱行為)を伴う、極端な人間関係を繰り返す人たちです。そこに摂食障害なのどの依存症も絡んでいて、若い人たちの特有の病理とみなされていました。それが90年代くらいになると、思春期だけでなく、大人になってもそういう激しい症状を出す人たちがいて、その人たちのことAC(アダルトチルドレン)というようになりました。

その背後には、家族問題(家族内の暴力や父親のアルコール問題)が絡んでいることが分かってきます。それと同時に、学校の不登校問題が話題になって、それが学童期の問題だけじゃなくて、大人になっても家から出ない引きこもり、対人恐怖に悩む若い人たちが出てきて、今は引きこもり問題は若者だけでなく、そのまま大人になっている人たちも大量に出てきている状況です。

つまり、境界例や引きこもりはもとは思春期課題の問題だったわけです。その思春期問題が、現代になって思春期で終わらず、遷延化(伸びていること)していると考えられます。

思春期問題とは自立の課題

では、思春期課題とは何かといえば、親離れ課題、自立課題になります。もっと専門的に言えば分離‐固体化(M・マーラー)の課題になります。もともと分離‐固体化の課題は、幼児が母親から自分の足で離れていくことができることなのですが、思春期は、第2の分離‐固体化と言われます。

つまり境界例(ボーダーライン)や引きこもりという現象は、親離れ、自立の課題に失敗したときにあらわれる症状と言えます。

そこで、自立しよう、ということで、地域の引きこもりの支援などは、社会参加させようとして、“障碍者枠”や自立支援などの“謎の”名目のもとに、アルバイトなどをさせようとするわけです。それ自体は間違っていないのですが、問題は、例えそれを達成しても(仕事がつまらなさすぎるということもあり)、何も充実感が得られないし、キャリアとして積みあがっていくものではないので、すぐにやめてしまってまた元に戻るということがよく見られます。

アイデンティティとは

自我心理学では「適応」(adaptation)という言葉で言われます。自立に失敗しているとは、社会に適応していない、適応が悪いということになります。

そこで、学校に行く、資格を取る、職に就く、結婚する、家庭を持つ、子どもが生まれるという各人生の年代で人生の課題があり、それをクリアしてくことがライフサイクル(E・エリクソン)と言われて、そこに適応していくことでアイデンティティ(自我の同一性)が得られるといわれました。

しかし、上に書いたような、外側に与えられる適応をいくらうまくやっても、なにかむなしい、自分の人生を生きている感じがしない、という人が出てきていて、そういう方は、何か症状があるわけではないけれど、自分の人生を生きていない感じがするといって、心理相談に来ます。上っ面の適応をいくら重ねても人生の充実や、自分らしさが実感できないということになります。外側の適応だけではなくて、自分が自分を見たときにそこに感じる内面の「自己同一性」を感じられなければ、自分らしさは感じられません。

上っ面の適応じゃなく・・・

先に書いたように、AC問題というのは、親離れ課題、自立課題と考えられるわけです。それを上っ面の適応(人と同じように就職してみる)をしてみても充実感が得られないのです。

もちろん現家族での暴力やトラウマもですが、ライフサイク上の失敗も心的外傷として私たちの心に深く刻み込まれ、無意識のうちに反復強迫します。(たとえば不登校や受験の失敗などが、なん度も繰り返す学校の受験の囚われになったり、資格獲得への執着になったりします)

私たちはその心的外傷を克服するために、いろいろと試行錯誤、暗中模索するわけです。もし無自覚にやっているとそれはいつも同じことを繰り返している反復強迫ですが、自覚して取り組めばそこには人生の限りない仕事を生み出す、尽きぬ泉であり、創造性の源です。

特に、自立課題の試行錯誤暗中模索というのは、昔から、人生の最大のテーマです。例えばサイコセラピー(精神分析)の創始者のS・フロイトも、ウィーンの医者の世界から受け入れられず、そこからどう自立するかというのが彼自身の大きなテーマでしたし、彼の自立の過程と、彼の作った「精神分析」は分けて考えれませんし、日本でいえば、夏目漱石の「私の個人主義」もテーマは自立です。

自分の人生をどう生きたらいいのかと試行錯誤するの様が「自分らしさ」になります。ですので、簡単に、近道をして、うわっつらだけ社会適応して、自立しました、とはなってはいけないのです。

ACとは機能不全の家庭の中で育ち、生きづらさを抱えている生きている人たちです。その生きづらさは、世界から疎外されている(仲間外れにされている)感、居場所がない感じとの闘いと言っていいでしょう。それで、自分が悪いから、外の世界の基準に合わそう、合わそうとすることしてきたけれど、それ自体が苦しかったわけです。

その生きづらさをどう自分の個性として、自分の人生をどう生きていくかを取り組むことできることは、自分らしい人生を送ることができるポテンシャルを持っている人たちと言い換えることができます。

自分の真の課題に取り組もう

症状や病理にまでなるとそれはそれで苦しいですが、それも症状や病理も含めて、その人の試行錯誤です。できれば、そこの部分は早く通り抜けて、自分の実存をかけた課題に取り組むお手伝いを、大崎セラピールームはさせていただきたいと思っています。